2013年12月17日

新たな冒険の舞台・大阪

「しんとく問答」は、大阪に移り住んだ父の「今日のランチ。大阪版ご近所アドベンチャー。時空スクランブルつき」ともいえそうな?小説です。
 近畿大学で教えることになった父は単身千葉から大阪へ引越し、数十年ぶりの1人暮らしを始めました。冒頭の「エビフライライス」や後の「幕の内弁当」など、食に執着する様がことこまかに描かれてるのに笑ってしまいます。母という専属コックがいなくなり、食事をするために「着替えなければならない。ヒゲをそらなければならない」という状況の変化への意気込み、みたいなものが文章からにじみでているようで、「それほどのもんかい」とつっこみたくなるのも確かです。
 しかし一方で、父が積極的に大阪の街を味わいつくそうとする姿はまぶしく、地図を頼りに、または気の向くままにてくてくと歩き回り、挙句の果ては「今はない道」「それどころか、あるかどうか確かではない道」を探そうとまでする展開は、まさに1人暮らしの賜物、とも言えると思います。家と勤務先である学校との往復、もしくは果て無き飲み屋のはしご、にもなりかねなかった単身移住ですが、生まれて初めて住んだ大阪の街の魅力が、父にベルギーの人気コミックの少年「タンタン」並みの冒険心を授けてくれたのかなと思います。
 ところで、「しんとく問答」で重要な役割を果たしているのが作者が撮影したとされている「写真」でしょう。「十七枚の写真」という章では延々と、自分がとった写真がどんなものであるのかを文章のみで語っていきます。こんなのあり?と呆れながらも、その中の1枚の写真の描写に私は心惹かれました。本文を抜粋してみます。
『《写真17》の男です。とび出した男は、暫くテントの方を見ていましたが、とつぜん走り出しました。しかし、十メートル程で立ち止ると、さっと左手を前方に突き出しました。そして、上体に捻りを入れると、前方水平に伸ばしてひらいた左の掌めがけて、思い切り右足を蹴り上げました。それから男は、膝を高く持ち上げ、両肘を激しく振りながら五、六歩前進し、立ち止ったかと思うと、今度は前回と反対に、前方水平に伸ばした右の掌めがけて、左足を蹴り上げました。』
 「謎の男」の動きが鮮明に浮かび上がってきませんか?また、脈絡のない事態に思わずどうでも良い写真を撮ってしまった作者、という空気が伝わってきませんか?もしこれが実物の写真だけであったなら、男の行動のとっぴさ、動きのダイナミックさを読者は受け取れなかったのではないでしょうか。またたとえ、写真と共にキャプションがつけられたとしても、写真が伝える一瞬のイメージにとらわれて、そこから先の写っていないものへの想像力が働くことはなかったような気がします。
 くやしいです。父にまんまとやられました。
posted by アーリーバード・ブックス at 18:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月05日

『首塚の上』に見えるもの

 「首塚の上のアドバルーン」は、千葉市の幕張を舞台にした小説です。1985年の夏、私達家族は千葉県習志野市から同じ県内の千葉市幕張町へ引っ越しました。
 新しい家はマンションの11階にあり(小説では14階ということになっています)、最初外の景色に驚いた記憶があります。今でこそ11階なんて高いうちには入らないかもしれませんが、当時はかなり新鮮な眺めでした。
 父も同じような気持ちで頻繁にベランダから景色を見るようになり、そして「こんもり繁った丘のようなもの」を発見したのでしょう。「黄色い箱」に出会ったのでしょう。アドバルーンは特に珍しいものではないけれど、それが「首塚の上にある」、という瞬間を見ることができたのは、父しかいなかったかもしれません。と書くと、まるで父は人並みはずれた観察眼を持っていた、という結論になりそうですが、もちろんそうではないでしょう。父が人並みはずれて持っていたのは好奇心であり、更にはその対象が常にずれていたのだと、私は思います。
 たとえばカツカレーを注文し、出てきた料理を見て「カツがおいしそうか、大きいか」という点に注目する人が大半だとすると、父は「カレーの皿がまん丸か楕円形か」のほうが気になる、というような感じです。その思考法は父のクリエイティブな生活においてはプラスであり、共に生活をする家族にとってはしばしば迷惑であったということも察していただけるのではないかと思います。
 父の好奇心はまた、時に暴走することもあり、強引な解釈をごり押しすることもありました。それを物語る一つのキーワードが「UFO」です。とある夏の日、軽井沢町追分の山小屋にいるとき、遠くから聞きなれない音が聞こえてきました。奇妙な電子音です。父は「あれはUFOの飛ぶ音だ」と言い出しました。小学生だった私は、こんな山の中なら確かにUFOが着陸する場所もありそうだと、怖がりながらも興奮しました。
 ところが数日後、同じ音がまた聞こえてきたので父が「ほら、あれ、UFOだろ!」と遊びに来ていた親戚に言うと、「ああ、あれは効果音が出るおもちゃですよ。アメリカのパトカーのサイレン音を真似した奴です」と、あっさり片付けられてしまったのです。現在は無いのでしょうが、当時はバイクのエンジン音やパトカーのサイレン音に似せた音を出すアイデアグッズみたいなものがけっこうあったらしいのですね。今でもアメリカのドラマや映画を見ると、時々ポリスの車があの音をさせながら登場する場面があり、思わず笑いがこみ上げてきます。
 そしてまた別のある晩、、「首塚」の舞台である幕張のマンションでの出来事です。リビングから外を眺めていた父が、「おい、あれなんだ」と声を上げました。見るとはるか遠方の空の一点が妙に明るく光っています。「首塚」とは反対側の、海がある方角でした。遠いとはいえその光は強烈で、火事とか工事の照明とかとは違う、というのは確かなようでした。さあ、もうおわかりですね。「あれはUFOの光だ」と、なったわけです。多分父は、その後もずっとそう信じていたはずです。
 結局光の正体はわからずじまいでしたから、父の見解が間違っていたとも思いませんが、あっていたとも思いません。ただ、この二つの「事件」の間には約10年の時間が流れているにもかかわらず、父が同じ結論にたどり着いたというのがすごく面白いな、と思いますし、また父が、UFOを、ヘリコプターとか飛行機とかと同じような、「ただちょっと珍しい」乗り物としてとらえていたかも、という疑念もぬぐいがたく、もしかして宇宙人?というのも冗談ではなくなってくるような、こうして私自身も父に引きずられ、日常の中の異界にとらわれていくのでありました。
posted by アーリーバード・ブックス at 13:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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